よこかわの歴史

 横川地区は、昭和29年の市町村合併により旧横川村が宇都宮市に編入合併S.29.9.25

 宇都宮市南部近郊の農業地域と東西を住宅地として発展してきた。

 旧横川村は、明治22年の町村制施行に伴い田川や江川沿岸地帯を中心に発展し、上横田村、台新田村、江曽島村、東横田村、屋板村、砂田村、下栗村、東川田村、平松村、猿山新田の10ケ村が合併し、南の東横田村の「横」と東川田村の「川」の二文字を取り、村名にし上横田村に役場を設置した。

 明治29年11月役場を屋板村に新築移転したが、明治35年の大暴風で倒壊、民家に一時身を寄せていましたが、明治43年に現在の消防分団第11部の地に再興する。

 昭和29年9月に宇都宮市との合併により役場は廃止され、横川支所となると同時に横川公民館が設置された。

 昭和32年二「横川出張所」と改名され、昭和55年に現在の場所に移転新築、平成18年「横川地区市民センター」として現在に至る。

 「横川村誌」には、「本村は元来農業を主体として組織形成せられたるものなれば、村住民の大部分は農業に従事す。依って農業は本村産業中最も重要視され又、最もよく発達せり」ありとあり、商業については「宇都宮の隣接村なれども、各部落の市街地に隣接するものなし、故に宇都宮市北部に見るごとき隣接商店を見ず、また宇都宮市場に近きため、凡その、日用品及びその他の購入に際し手は、宇都宮を利用する故、必然的に商業は発展せざるなり。

 想うに、宇都宮の膨張方向が北、西にある現状に於いては、本村の商業は将来性乏しきものならん。只東京街道に面する一部の地方にのみ、宇都宮市の発展と共に漸次商業化する傾向を有す」とある。

年 表

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